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増える男性介護者の実態と家族介護者への支援の課題<後半>

Column

増える男性介護者の実態と家族介護者への支援の課題<後半>

近年、核家族化により夫が妻を介護するケースや、未婚率の上昇により息子が老親を介護するケースなどが増えてきていることから、男性介護者は増加傾向にあります。介護者全体のうち、男性介護者は約3割(厚生労働省、2016年時点)と、女性に比べるとまだ少数派ではありますが、男性は女性よりも家事が苦手だったり、他者に弱音を吐けなかったり、男性独特の悩みや課題を抱え、在宅療養の継続が困難になる可能性が高いと言われています。

 

「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」の運営委員を務める斎藤真緒さんは、男性介護者が抱えやすい困難・課題は3つあると言います。本稿では男性介護者が増えてきた背景や実態を整理した上で、男性に求められる支援、また男性に限らない家族介護者への支援のあり方を述べていただきます。

 

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これまで介護は、女性、とりわけ息子の配偶者である嫁の仕事と見なされてきました。しかしいまや、男性といえども介護責任を免れ得ない時代に突入しつつあるといえます。すべての人が介護に携わる「大介護時代」1)の到来です。2009年、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」(以下:男性介護ネット)が設立されて以来、私は運営委員および事務局員としてその活動にかかわってきました。

 

前半では、男性介護者が増加する社会的背景、さらに男性介護者が抱えこみやすい困難・課題について紹介しました。後半では、どのような支援が求められているかを考えます。

 

男性介護者に求められる支援

前述したように、今後、家族介護者が多様化していく中で、家族介護者は適切な社会的支援や家族以外の人とのつながりがあってこそ、老いや家族と上手に付き合いながら生きていくことができるといえるでしょう。

 

男性介護者を取り巻く医療・介護等の専門職である援助者には、男性介護者を孤立させることのない、風とおしのよい介護環境を提供することが求められます。

 

●仕事と介護を両立できる環境づくり

 

これから、特に働き盛りの世代の介護者が増えていくことを念頭に置くと、「仕事と介護の両立」は喫緊の課題です。近年、年間10万人以上が介護を理由に退職しているといわれ、政府も「介護離職ゼロ」を重点政策課題として掲げています。

 

介護者にとって仕事は、経済的に安定した生活基盤を構築するためだけではなく、介護とはまったく異なる時間と人間関係の確保によって精神的な健康が維持できる効果を持つため、極めて重要です2) 。男性介護者に多い、介護のために離職して老親の年金に頼る生活に陥るといった、被介護者への経済的依存を発生させないためには、両立を可能にする職場環境やサービス・制度の充実が必要となります。

 

●介護を契機とする新しいつながりの構築

 

さらに、介護を契機とした新しいつながりをつくる支援も重要です。援助者からは「男性介護者はなかなか外に出たがらない」「ほかの人と話したがらない」という相談をよく受けます。“最初の一歩”をどうつくるかは大きな課題です。

 

男性介護ネットでは、全国各地で男性介護者が相互に交流できる居場所づくりを推奨してきました。男性介護者に特化した当事者団体や集いは、今や全国で100を超えます。地域包括支援センターが企画した講演会等をきっかけに、男性介護者同士がつながり、集いに発展したケースもあります。

 

集いでは、介護経験を語り合うだけではなく、介護サービス・介助方法に関する「学習会」や「料理教室」など、男性が足を運びやすい企画運営を工夫する活動も増えています。特に、酒を交えた交流会であれば必ず出向くという男性介護者もいます。

 

こういった集いでは、自分が介護で困っていることを吐露し、他者の悩みに耳を傾け共感しつつ、自分の介護のあり方を相対化することができます。この一連の取り組みは、男性介護者が「仕事」モードから「介護」モードへと気持ちを切り替える作業に重要な役割を果たします。また、こうしたつながりは、社会との接点が少なくなりがちな看取りを終えた男性介護者の居場所にもなっています。

 

さらに、男性介護者ネットでは、会員の皆さんから介護体験を集めて手記としてまとめ、介護でなかなか家を空けられない男性介護者の手元に届ける取り組みも行ってきました。

 

男性介護者が介護を契機に新しいつながりを築いていくためには、当事者自身の活動に依拠した“男性に優しい:male-friendly”な支援の充実が必要不可欠です。2015年9月にスウェーデンで開催された「第6回世界介護者会議」には、世界33カ国の参加があり、私も日本の男性介護者の現状について報告しました。世界で、ジェンダーに配慮した(ジェンダーセンシティヴな)支援が介護の分野でも重要であるという共通認識が進んできています。

 

“介護者支援”という視点

ここからは、男性介護者に限らず、今後ますます重要になってくる“介護者支援”について考えていきます。残念ながら日本では、介護者支援を中心に据えた法的整備がほとんどなされていません。世界では、福祉先進国として知られている北欧諸国で介護者支援の重要性が注目され、サービスや制度として具体化しつつあります。

 

介護者支援という考え方の基本になるのは、介護者の「生活の質(QOL)」という視点です。介護者は、介護する役割を引き受けたとしても、1人の人間として豊かな生活を送る権利を持っています。介護が介護者の生活(仕事・趣味・教育なども含む)を圧迫してはいけないということを、介護者の基本的な権利として位置づけ、これまでの仕事や人間関係といった介護者の生活環境を壊すことなく介護を担えるよう、支援を考えます。こうした支援が必要となる根拠は、介護を担っていない人間と比較して、介護を要する人間だけではなく、介護を担う人間も、社会活動(仕事などを含む)および人間関係の維持・発展において、弱い立場に置かれやすいとされているからです。

 

介護者支援の先進国であるイギリスでは、介護者を意味する“ケアラー”は、高齢者、身体障がい者、知的障がい者、精神障がい者に続いて、介護サービスの“5番目の利用者”として位置づけられています3)。こうした認識に基づき、ケアプランを立てる際には、被介護者に対するニーズ・アセスメントだけではなく、介護者に対するニーズ・アセスメントも実施され、介護者の生活設計も視野に入れながら、全体的なサービスの提供計画が検討されます。介護者へのニーズ・アセスメントは、介護者に保障されている権利であり、被介護者がアセスメントやサービスの利用を拒否している場合でも、介護者は自身のニーズ・アセスメントを請求することができるのです4)

 

家族に依存した介護からの脱却

日本でイギリスのような介護者支援を実現するには、家族への依存から脱却する必要があります。家族による介護を前提とした上での介護者支援ではまったく意味がないからです。

 

●行き詰まっている日本の家族介護者生活的自立の遅れ

 

毎日新聞と介護・ヘルスケア事業会社「インターネットインフィニティー」が全国のケアマネジャー730人に対して行った調査5)では、回答者の55%が家族介護者と接する中で「殺人や心中が起きてもおかしくないと感じたことがある」と答えています。さらに、「介護者が心身ともに疲労困憊して追い詰められていると感じたことがある」と回答したケアマネジャーは93%にも上ります。

 

家族介護者が行き詰まった状況は、当然のことながら、被介護者にとって質のよい介護を受けられる状況とは言えません。こういった家族の背後には何があるのでしょうか。

 

●“家族による介護が一番”という思い込み

家族による介護には、家族という特殊な関係性に包含される固有の困難さがあります。それは一言で言えば、援助者による支援とは異なる、家族であるがゆえの割り切れなさです。多くの家族は、できるだけのことをしてやりたいという強い思いがあります。ただ、身近な人間の“老い”や“病”に寄り添うプロセスでは、不安や絶望を感じ、身体的な負担以上に大きな精神的苦痛を伴います。

 

一方、家族だけではなく、援助者にも、家族による介護こそが最も望ましいという考えが依然として蔓延しています。確かに、家族が介護や治療の場面において大きな貢献を成し得ることはありますが、家族が一番という考えに捉われ過ぎると、家族を身体的・精神的に窮地に追い込んでしまう場合があります。

 

近年の家族介護者による虐待・殺人事件は、介護サービスをまったく利用しておらず家族のみが孤立奮闘する「完全孤立型介護家族」ではなく、介護サービスを利用していたにもかかわらずSOSが見えにくい「潜在孤立型介護家族」によるものが増えています。

 

こういった家族は、援助者からも「支援困難事例」として認識し損ねる危険性があります。家族が、あるいは援助者が、場合によっては双方が“家族による介護が一番”という思い込みに捉われ過ぎていると、適切なSOSを出せない、またSOSのシグナルをきちんとキャッチすることができない状況に陥ってしまいます。

 

介護は、私たちにとって避けることができないライフイベントの1つです。介護が単なる負担や重荷としてではなく、介護者自身の人生において新しい生き方や人間関係を切り開く、ターニングポイントになるよう支援していくことが大切です。それが、老いること・支え合うことを喜びと感じられる社会の構築につながっていくでしょう。

 

<おわり>

<引用・参考文献>

 

 1)樋口恵子:大介護時代を生きる 長生きを心から喜べる社会へ,中央法規出版,2012.

2)斎藤真緒:家族介護とジェンダー平等をめぐる今日的課題 男性介護者が問いかけるもの,日本労働研究雑誌,No.658, p.35-46,2015.

3)Audit Commission:The Community Revolution Personal Social Services and Community Care, HMSO, 1992.

4)斎藤真緒:介護者支援の論理とダイナミズム ケアとジェンダーの新たな射程,立命館産業社会論集,46(1),p.155-171,2010.

5)毎日新聞:2016年2月28日.

 

──月刊「コミュニティケア」第18巻 第09号 p.53-55より転載

2019年06月26日