小澤 勲 先生がすすめる“認知症を知るための本”─①明日の記憶

著書『痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』で有名な小澤 勲 先生がセレクトされた、「ぼけ」をテーマにした文学作品・詩歌・絵本を、毎月1冊ご紹介します。

 〉〉小澤 勲 先生がすすめる“認知症を知るための本” はじめに

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『明日の記憶』


荻原 浩 
光文社文庫 / 2007年 / 620円+税

認知症をかかえた人に一人称で語らせる小説は意外なことにほとんど見あたりません。彼らの多くに、深い苦悩と葛藤、それを突き抜けて光明に至るドラマが秘められているという認識が小説家に欠けているからでしょうか。でも、考えてみれば、私たちもごく最近まで彼らの心の世界を語ってきませんでしたから、それは私たちの責任でもあります。

と言っても、まったくないわけではありません。でも、私の知る限り、推理小説作家・夏樹静子の『白愁のとき』(1992)と荻原浩『明日の記憶』くらいです。

ここでは、「ぼけ」が深まっていく様相を丹念に追っている荻原の作品を取り上げましょう。
主人公の佐伯は50歳で広告代理店の営業部長です。顧客相手に仕事しなければなりませんから、記憶障害は仕事に直接的な支障をもたらすのです。彼が自分の異変に気づいたのは、よく知っているはずの顧客の名前や日常使っていた名詞が出てこなくなったことです。これだけなら、50歳では少し早過ぎますが、年を取るとだれにでも起きがちなミスです。

ところが、彼の場合は少し違うのです。打ち合わせの日が変更になり、それを忘れてしまって相手方にひどく叱られます。最初は、相手の思い違いだろうと考えるのですが、社員からも「ほら、前回の打ち合わせがすんで帰ろうとしたとき、急に予定を変更されて、部長も怒っておられたじゃないですか」と言われて、それでも思い出せないのです。こうなるとちょっと「年のせい」とばかりは言えませんね。何度か行ったのに、道に迷って顧客の会社にたどり着けないこともありました。

頭痛、めまい、疲れが現れます。そして、「この体は、本当は自分のものではなく、誰かからの預かりものではないだろうか」と感じるのです。認知症は知的障害が中核ですが、身体も病むと考えておいたほうがよいと、私は考えています。

結局、彼は自ら精神科に赴きます。そこで心理テストを課せられますが、3つの言葉を覚え、数分後に再生させる課題ができず、「ちょ、ちょっと待ってください。急に言われたって困ります。ど忘れしてしまって…。あなただって、そういうときあるでしょう!」とうろたえて医師に言い募るのです。そして、画像診断と併せて「若年性アルツハイマー病」と診断されます。それから彼の苦悩の暮らしが始まります。

父も同じ病名で、鏡に向かって話したり、息子を戦友と間違えたり、末期には失禁し、母に向かって「あなたどなたさんですか」と言っていた姿が思い出されて恐怖におののき、眠るのが怖くなります。朝、起きたとき、自宅が自分のまったく知らない場所になっているのではないか、と怯えるのです。

妻・枝実子は、認知症の予防だと言って、酒、肉食を禁じ、ビタミンCやEを飲ませ、ついには緑色のブレスレットがいいらしいとどこかで聞いてきて、彼に身につけるように言うのです。彼は妻に激しい言葉を向けます。妻は泣きながら「勝手なこと言わないでよ。一人で苦しんでいるつもり?」と叫ぶように言うのです。彼は自責の念に駆られます。

このように「ぼけ」ゆく人たちは、自分を襲う宿命に怯え、あらがい、葛藤にもみくちゃにされ、周りが心配すればするほど、いらつくのです。家人らの心づかいが、かえって「お前はぼけてるんだ」という事実を突きつけてくるように感じるのでしょう。

そのうち、忘れないようにと、逐一とることにしていたメモがポケットにあふれ、どこにメモがあるのかさえわからなくなり、役立たなくなります。そして、ミスが目立つようになった彼はアルツハイマー病であることが会社にばれてしまい、退職します。
その後、彼の「ぼけ」は進みます。日記代わりにつけていた「備忘録」に誤字が増え、仮名が多くなっていく様が描かれて、作者はなかなか芸が細かいのです。

しかし、これだけでは救いのない小説になってしまいます。最後はこうなるのです。彼の一人娘が結婚することになり、それを祝って、かつて習っていた陶芸を再開し、夫婦茶碗を近くの陶芸教室で素焼きしてもらい、学生時代に通っていた山奥の窯を訪ねます。しかし、そこはもう荒廃していて、登り窯も長年、火を入れた様子がないのです。

そこにかつての師匠が現れます。計算すると、もう90歳です。もっとも佐伯は最近、幻を見、聴いていましたから、これが現実の出来事かどうかはわからないのですが…。
師匠は「痴呆と言われ、無理矢理施設に入れられたが逃げてきたのだ」と言います。そして「登り窯は無理だが、野焼きしてやる」と言ってくれたのです。一夜、二人はしこたま酒を飲み、野焼きします。朝、師匠に「あのできそこないがなあ。見られるやきものになったじゃないか」と言われ、喜んで焼き上がった茶碗を手に下山します。

そして、ふもとで女性に出会います。彼は「こんにちは」と声をかけます。その女性も隣について歩いてきます。「二つの影が寄り添って伸びていた」。
佐伯は、まず自ら名乗り、その女性の名前を尋ねます。答はしばらく返ってこなかったが、しばらくして「枝実子っていいます。枝に実る子と書いて、枝実子」。素敵な名前だ。「いい名前ですね」。ようやく彼女は少しだけ笑ってくれた。

いいですね。さりげない愛が彼を救ったのです。

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