小澤勲先生がすすめる“認知症を知るための本”─②われもこう

著書『痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』等の著書で有名な精神科医・小澤 勲 先生がセレクトされた、“ぼけ”をテーマにした文学作品・詩歌・絵本を、毎月1冊ご紹介します。

 〉〉小澤 勲 先生がすすめる“認知症を知るための本” はじめに

 〉〉小澤 勲 先生がすすめる“認知症を知るための本” ①明日の記憶

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『われもこう』
 瀬戸内寂聴 全集15 〈短編4


瀬戸内寂聴
新潮社 / 2002年 / 6000円+税

 寂聴師はもう80歳を超えておいでなのですが、とうていそうは見えないほどお若く、お元気で、相変わらず精力的です。いつだったか、寂庵にお訪ねしたときも、「3日間、徹夜して、今朝、ようやくオペラの脚本を書き上げたのよ。昔は髪振り乱して書いたものだけど、今は髪がなくなってしまってね」とさわやかな笑顔で冗談をおっしゃり、しばらくして「さて、これから講話に行かなくっちゃ。今晩にはインドに発つのよ」とそそくさと席を立たれた。まさに老い知らずなのです。

 そのせいでしょうか。師の膨大な作品群のなかには老いや「ぼけ」を描いた小説が少なからずあるのですが、正直言って、私はそれらにあまりリアリティを感じてきませんでした。でも、短編ですが、「われもこう」だけは私の好きな作品です。私小説ではないが、身辺に実際あったできごとを素材にしている、とおっしゃっていました。

 恭太は脳血栓を患い、幸い、それは軽くすんだのですが、気力は別人のように衰え、腕のいい家具職人だったのに、まったく仕事をしなくなります。納戸の隅などの暗い場所にさざえのように座り込んでいて、出てこようとしないこともあります。

 ひっぱりだすと、「私は死に損ないじゃ。わしのような役立たずは生きとってもしようがない。わしはシベリヤで死ぬべきだったんや。昨夜まで、寒いなあ、おれの家のビワはうまいぞう。帰ったらいっぺん食べに来いよ。やまめ釣りにも行こう。そんな話をしていたとき、あいつはもう半分死んどったんや。熱が出てうわ言をいうとったんや。朝になったらもう冷とうなっている」。恭太の話は涙声になり、果ては激しい嗚咽になっていきます。

 脳血管性認知症の典型的な姿です。抑うつ的になり、意欲障害がみられる一方で、感情失禁(感情のおもらしですね)がみられるのです。泣くだけではなく、急に激しく怒り出すこともあります。このように、感情のコントロールがうまくいかないのです。

 妻のつたは「もう聞きとうない。何百ぺんも同じ話ばかりするのはボケの証拠よ」と言い放ち、「また、シベリヤ狸がついた」と辟易して言うのです。無理からぬことでしょうね。このようなとき、優しいご家族は何とかなだめようとなさるのですが、かえって逆効果で、火に油を注ぐような結果になることが多いのです。むしろ、相づちを打って「聞いてますよ」というサインを送る程度にし、感情の嵐が通り過ぎるのを待つほうがいいでしょう。

 そこへ東京で下宿して予備校に通っている孫の亮介が久し振りに帰ってきます。つたは「きのうはシベリヤ狸がついて、あちこち痛いというイタイタ狸までついて、睡眠不足よ」と言うのですが、亮介は「おれはおじいちゃんのシベリヤ物語、好きなんだよ。ハバロフスクの収容所でスターリンの煙草入れに桜を彫ろうか、すみれを彫ろうかと迷った話とか、炭坑で働いていた時、ニーナという口髭の濃い女の兵隊にいきなり後ろから抱きあげられて、ビヤ樽みたいな胸まで持ち上げられた話とか」と言います。

 つたは「そんな話、聞いたことないわ。初耳」と言いますが、亮介に「聞いたことないって……。聞こうとしないんだもの」とたしなめられます。そうですね。認知症を病む人は、「聞く耳」をもってくれている人にしか、心を開かないのです。「亮介が恭太の寝間着の襟をあわせ、腰ひもをていねいに締め直す間、恭太はなごんだ表情で、おとなしくされるままになっていた」でこの小説はおわります。

 ところで、皆さん、表題になっている「われもこう」という花をご存じですか。私の好きな花の1つです。晩夏、花というより穂のような、暗紫色の、小指の先ほどの花をつける地味な山野草です。でも、バラ科なんですよ。

 恭太の家の庭先にもどこからか紛れ込んできて咲いています。つたは貧相だと引き抜こうとするのですが、恭太は「まあそういうな、縁あってこの庭に居ついた奴じゃ」と守ってきたのです。優しい亮介ですが、花だとも気づかず、われもこうの根を踏みしだいて庭を横切ります。われもこうは恭太を象徴しているようで、表題としてもみごとですね。

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