日本電信電話公社(現NTT)の機械課を経て、50歳から観音寺民主商工会に勤務。72歳で脳血管性認知症と診断された後は、うつになり体重が23kg落ちました。近所の人や知り合いに認知症であることを告げると、「血筋のせいだ」と心ない言葉を浴びせられたと言います。しかしある時、渡邊さんは丹野智文さんが講演で力強く語りかける姿を見て認知症に対する見方が変わり、「自分もこんなふうに生きたい」と思うようになりました。2017年6月からは三豊市立西香川病院(認知症疾患医療センター)の非常勤相談員として、院内の認知症カフェに通う当事者の不安や悩みを聴き、よりよく生きるための応援をしています。
希望ミーティングでは、「認知症のことをもっと知ってもらえれば見る目が変わる。皆さんの力を貸してほしい」と訴えました。