Column
認知症を理解する~①前頭側頭型認知症(終の棲家で生活を支える看護)
[執筆]
松井 典子
社会福祉法人 新生寿会小規模多機能型居宅介護
ありすの杜きのこ南麻布/保健師・看護師
[略歴]
看護学系学科助手として6年勤務後、社会福祉法人新生寿会ありすの杜きのこ南麻布入職。
認知症対応型通所介護事業所・短期入所生活介護事業所勤務を経て、現職。
認知症にはアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症のほかに、前頭側頭型認知症(Frontotemporal Dementia;FTD)、レビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies;DLB)など、さまざまなタイプがあることが知られています。
筆者が所属している社会福祉法人新生寿会は、1984年に日本で初めて認知症専門病院「きのこエスポアール病院」を開設し、それから多くの認知症患者に向き合ってきました。2001年には、日本で最初の前頭側頭型認知症専門のグループホームを設立しました。筆者が現在、勤務する小規模多機能型居宅介護や短期入所生活介護(ショートステイ)にも、他事業所で対応が難しいと言われた人たちが訪れ、なかなか経験できないような珍しい症例に出合うことがあります。
今回は、前頭側頭型認知症について事例と支援の実際を紹介します。
前頭側頭型認知症とは
前頭側頭型認知症は、脳の前頭葉と側頭葉が萎縮し、血流が低下する病気です。前頭葉は思考・感情の表現・判断をコントロールするため、人格や理性的な行動、社会性に大きくかかわり、側頭葉は、言葉の理解・聴覚・味覚・記憶・感情を司っています。どちらも大変重要な働きを担っているので、機能低下による影響は甚大です。
また、前頭側頭型認知症は、ほかの認知症と違って指定難病に認定されているため、手続きを行えば、医療費の助成を受けられます。
前頭側頭型認知症で表れやすい特徴を表に挙げます1)。
人格の変化や非常識な行動などが目立ち、初期にはもの忘れや失語はあまりみられません。そのため、短期記憶障害を有するアルツハイマー型認知症などとは異なる対応が必要です。
前頭側頭型認知症になると約10年で寝たきり状態になり、筋萎縮・筋力低下のある場合は、その進行がさらに早いとされています。
事例の概要とケアの実際
〈事例〉Aさん/67歳、男性/前頭側頭型認知症/要介護3
Aさんは温厚でまじめな性格。公務員として勤務している40代のころにうつ病を発症した。その後、いったんは寛解状態を迎えたが、徐々に性格が変わり被害妄想的な発言が多くみられるようになったため、仕事ができなくなり、定年前に退職した。
64歳のときに受けたMini-Mental State Examination(MMSE)は20点*1。このころより要求が通らないと興奮して妻に暴力を振るうようになり、専門医療機関に入院。前頭側頭型認知症と診断された。
*1 21点以下は認知障害がある可能性が高いという評価。
入院中は食事をかき込み窒息することもあり、肺炎を併発させて嚥下食となった。入院から4カ月後に易怒性が軽減したため、退院。しかし、再び自宅での妻への暴力行為が見られ、当法人の小多機を利用することになった。
その際の医師意見書には、前頭葉症状として被刺激性・被影響性の亢進があるため、ストレス軽減への配慮を求めるよう記されていた。
■ Aさんに見られる前頭側頭型認知症の特徴
Aさんは身のまわりのことをすべて自分で行い、特別な介助は必要ありませんでした。
家族が困っていたのは、毎日のように繰り返される妻への暴言・暴力でした。同居する娘に暴力を振るうことはなく、また、穏やかな時間もあり、そのときは、妻に「もう暴力はしない」と謝るようです。暴言は朝食後と夕方の決まった時間に始まり、「どうして○○の番組がやっていないんだ」などと、まわりの人が対応できないようなことに腹を立てていました。
Aさんのいくつかの状態は、表の前頭側頭型認知症の特徴に当てはまります。まず、1日のスケジュールが明確に決まっており、スケジュールどおりに行動している点です(繰り返し行動[常同行動])。Aさんに見られる暴言・暴力もおおよその時間帯が決まっていました。
表 前頭側頭型認知症の特徴
・無関心、自発性の低下 ・他者への共感性の欠如、感情の平板化 ・繰り返し行動(常同行動) ・抑制のとれた行動(脱抑制) ・食行動異常 ・影響されやすさ(被影響性の亢進) ・注意散漫、集中困難 |
〈出典〉祖父江元, 池田学, 中島健二:前頭側頭葉変性症の療養の手引き, 平成28年度厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業) 「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班(研究代表者:中島健二), p.10, 2017.より筆者改変.
食事をかき込むという食行動の異常も、前頭側頭型認知症の特徴です(食行動異常)。前頭側頭型認知症の人は、特定のものしか食べない、または過食になる傾向があります。特定のものは常に同一ではなく、ある時期はパン、次はバナナなど、サイクルがあるようです。過食も単なる食べ過ぎとは限らず、ひたすら口の中に食べ物を入れ続けるだけの人もおり、そのような人には窒息の危険性があれば声をかけて食事を中断させる必要があります。
さらに、医師意見書にあった「被刺激性・被影響性の亢進」についても、前頭側頭型認知症によるものだと考えます(影響されやすさ[被影響性の亢進])。先述のように、前頭葉は思考・感情の表現・判断をコントロールする部位です。私たちの脳は非常に精巧にできていますが、同時にいい加減さも持ち合わせています。
例えば、皆さんがこの記事の情報を、視覚をとおして脳に送り理解している今、まわりには車の騒音・話し声などの音や、においなどはありませんか?
こういった音やにおいは五感の1つとして脳に入ってきますが、「あまり重要ではない」と判断し、軽視しているのです。私たちはたくさんの情報の中で生活していますが、それぞれ必要性を判断し、取捨選択しています。この役割を担っているのが前頭葉なのです。この部分が萎縮しているために、前頭側頭型認知症の人は、取捨選択できずにすべての情報を受け止め、脳が疲弊してしまうのです。
そのため、医師意見書にはストレスを軽減するため、静かで落ち着いた環境で過ごさせてほしいと記されていました。
■ 小多機の利用開始当初
小多機の利用初日に、試験的にAさんを他利用者のいる空間に案内しました。しかし、1時間もしないうちに立ち上がり、「なんなんだ、ここは」と大声を上げました。そこで、すぐに静かな個室へと案内し、テレビをつけたところ落ち着きました。以降は、基本的にテレビのある個室に案内し、テレビ番組やDVDを見ながら、穏やかに過ごしてもらいました。
また、病院では嚥下食だっため、職員が同席し、個室で食事をする様子を見守りましたが、かき込む姿は見られなかったことから、職員の同席を中止しました。
さらに、Aさんと一緒に1日の流れを考え、昼食は「12:00」、入浴は「13:00」と決めました。Aさんはスケジュールどおりに生活し、予定より数分早くなると「早過ぎる」、逆に数分遅れると「遅過ぎる」と怒りました。
■ 関係性構築に向けた取り組み
Aさんは、私たちから見ると些細なことで暴言を吐くため、職員はなかなかAさんに歩み寄れず、恐る恐る接していました。
そこで筆者は、Aさんの部屋に入り、「少し話を聞きたい」と伝え、Aさんの承諾を得た上で質問をしました。Aさんは、診断時に自分の病気についてどう理解し、どのように感じたのかなど、1つひとつの質問に対し、丁寧に答えてくれました。
当時の記録を紹介します。
――最初の診断時はどのように理解しましたか?
「この病気になったのはまだ60代だよ。医者から進行が早いって言われて……すごく怖いんだ」
――現在は病気をどのように受け止めていますか?
「手を上げたり、大声を出したりするときは、自分でもどうしても止められないんだ。我慢しなきゃって思うけれど、どうしても止められない」
「いつも後悔している。もう絶対しないって思うけれど、それでもまたやってしまう。でも、殴っても全然すっきりするわけではない」
これらの1つひとつの言葉から、Aさんの苦悩がわかると思います。一般に前頭側頭型認知症の人は病識がないと言われていますが、少なくとも私たちが出会ったころのAさんにはあったように感じます。一生懸命に症状をコントロールしようとしているのもわかりました。
このころから、施設のちょっとしたイベントにはAさんにも声をかけ、短い時間、他利用者と一緒に過ごしてもらいました。筆者もAさんの個室を積極的に訪問するようにしました。
■ Aさんに表れた変化
ある日の朝、Aさんが小多機に来ると、個室に荷物を置いた後、すぐに個室から出てきました。それまで他利用者と過ごすことはほとんどなかったAさんが、たくさんの人がいる共有スペースのソファーに座り、「ここにいてもいいですか」と言いました。
Aさんは職員や他利用者の名前をよく覚えていたので、「Bさんですね」などと自分から声をかけ、穏やかに過ごしていました。
感情をうまくコントロールできずに声を荒らげることもありましたが、それでもできるだけ我慢しようと、気持ちを抑えるために自発的に個室に戻る姿も見られました。
他利用者と一緒に外食にも行けるようになりました。
外出先で感情を抑えられなくなると、スタッフと一緒に少し静かな場所に行き、気持ちが落ち着くまで皆と離れていました。
そんなときにAさんのそばに行くと、「あなたがいると、怒ることはできない」と、必死に感情を抑えようと葛藤している様子が見られました。
前頭側頭型認知症の人への対応
筆者は、Aさん以外にも、これまで何人かの前頭側頭型認知症の人とのかかわりがありました。それらの経験をもとに、前頭側頭型認知症の人への対応についてポイントをまとめます。
■ その人の特性を理解する
前頭側頭型認知症は、特徴的な精神症状や行動異常により対応が難しいと思われがちですが、まずはその人の特性を踏まえて対応方法を考えることが大切です。
Aさんにも見られたように、前頭側頭型認知症の人は環境の影響を非常に受けやすい(影響されやすさ[被影響性の亢進])ため、悪影響を及ぼす要因はできるだけ取り除きましょう。特に影響を受けやすいうるさい音や過剰な光は避け、ある程度落ちついた空間、可能であれば個室を用意し、必要に応じて利用します。
■ タイムスケジュールを尊重する
大半の人が、1日のタイムスケジュールに従って生活している(繰り返し行動[常同行動])ので、可能な限りそれを尊重しましょう。
前頭側頭型認知症の初期であれば、エピソード記憶が保たれていることが多いので、比較的相性のよい担当者が対応し、馴染みの関係をつくりましょう。馴染みの職員が本人と相談しながら事業所でのルールを決めると、新しい常同行動が形成され、本人も落ち着いて過ごすことができるようになります。
■ 容易に個室対応を選択しない
前頭側頭型認知症の人は怒りっぽいというイメージがあるため、安易に個室対応を選択し、そのまま他者とかかわりのないままに過ごしてもらうケースが多く見られます。しかし、状態によっては他者との交流は可能で、その結果、穏やかに過ごすこともできます。
Aさんは、小多機で他利用者よりもかなり若かったため、他利用者と同等に話すというよりは、年配者に「あなたは、年齢の割にとても元気ですね、負けちゃうな」といったように、年長者を敬う姿勢で接していました。
また、Aさんより若い前頭側頭型認知症の人が小多機に登録した際は、「同年代の新しい友人ができた」と言ってとても喜んでいました。スタッフに「今日、あの方はいらっしゃいますか?」と尋ねてくるなど、Aさんはその人に会うのを楽しみに来所するようになりました。
引用・参考文献
1)祖父江元, 池田学, 中島健二:前頭側頭葉変性症の療養の手引き, 平成28年度厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業) 「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班(研究代表者:中島健二), p.10, 2017.
2020年07月21日