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認知症ケアの現場から──川畑 智さんに聞く
熊本県を拠点に病院・施設における認知症予防や認知症ケアの実践に取り組み、日々現場を飛び回っている川畑智さん。川畑さんの著書『マンガでわかる!認知症の人が見ている世界』を読まれた方も多いのではないでしょうか。2月には初のエッセイ『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』を上梓され、活動の場をさらに広げていらっしゃいます。
理学療法士の川畑さんが認知症に関心を持ったきっかけや、認知症ケアの現場から伝えたいことなどについて、お話しをうかがいました。
──身体機能のリハ専門職である理学療法士は、認知症と結びつくイメージがあまりないのですが、川畑さんが認知症に興味を持たれたのはなぜでしょうか。
リハ職のうち、理学療法士(PT)は身体機能の、作業療法士(OT)は日常生活動作の、
言語聴覚士(ST)は言語・聴覚・嚥下機能の専門職という職域がベースにあります。
職域で専門性を発揮することは大切なことですが、どこの病院や施設にもPT、OT、STが必ず揃っているという訳でもありません。
実際に、大腿骨頚部骨折で入院した患者さんが認知症を患っており、食事の時によくムセているというケースは多くあり、必要なリハビリには「セラピスト」として携わることが大切だと思っています。
私が認知症ケアに目が向くようになったのは、理学療法士としてある認知症の患者さんにHDS-R *1を行ったときの経験がきっかけです。
*1 HDS-R 改訂長谷川式認知症スケール
認知症の疑い、認知機能の低下を早期に発見することができる簡易検査手法。所要時間10~15分ほどの口頭形式で、名前、生年月日、年齢、場所、人間関係、簡単な計算などの設問に答える。30点満点中20点以下で認知症の疑いがあると判定される。
その方に「ここはどこですか?」と場所を尋ねる質問をしたのですが、キョロキョロするばかりで一向に答えてくれません。
私は答えてもらおうと一生懸命聞くんですが、相手はまったく集中してくれない。何とかこちらに注意を向けてほしくて、私は自分の膝を叩きながら「ここはどこですか?ここですよ!ここ!」と聞いたんです。
そうしたら、いきなり「ここは膝!」という答えが返ってきたんですよ。
一瞬呆然としましたが、そう、答えはあっていたんです。
私はそれまで、認知症の人は何もわからないだろうと思っていたのですが、それは間違いだったことに気づきました。そしてこのときの経験を契機に、認知症の人をもっと理解したいと思うようになりました。
認知症の人に関心を持って観察していくと、○○という言い回しだと伝わらないのに、××と言い変えるとわかったり、どうやっても伝わらなかったことが方言やジェスチャーで示すとわかったりとか、次々と不思議なことが起こり、興味は尽きることがありません。
──ケアの現場では、認知症の方とのコミュニケーションがうまくいかない場面がよくあると思いますが、よいアドバイスはありますか。
デイケアで所在なさげにしている認知症の利用者さんに、ケアスタッフが「どうされましたか?」とか「大丈夫ですか?」と声をかけている場面をよく見かけます。でも認知症がある方は、突然「どうされましたか?」と聞かれても、何がどうなのかがわからないんです。「大丈夫ですか?」と言われると、「なんかお金払わないといけないのかな」とか、「ここでご飯食べちゃいけないのかな、座ってちゃいけないのかな」と思って、家に帰ってしまったりします。
こんなふうに、スタッフが相手のことを気にかけて発する言葉と、受け手側の認知症の方の理解がずれてしまっているのです。「大丈夫ですか?」とか「どうされましたか?」という言葉は生存確認をする手段の一つではあるのですが、実はよくよく考えてみると認知症の人を惑わせている言葉でもあるのですね。
ではどうすればいいのか。
「大丈夫ですか?」と言われても、認知症の方はそれが自分に言われたことがわからないことが多いので、
「金子さん、眠そうですけど横にならなくて大丈夫ですか?」
「川畑さん、トイレに行っておかなくて大丈夫ですか?」
というふうに、まずその方の名前を呼んで、次に声をかけた理由を伝えると、ちゃんとわかることがあります。
いきなり「大丈夫ですか? どうされましたか?」と言われても理解できないし、逆にいきなり声をかけられると不穏になる人もいるので、困っているスタッフも多いのではないでしょうか。
──「大丈夫ですか?」と聞かれると、「お金払わないといけないのかな」「ここにいちゃいけないのかな」と深読みしてしまうのですね。
認知症の方は、こちらが思っている以上に深く考え込んでいることがあります。物取られ妄想も嫉妬妄想も、必要のない考えのところまで深く考え込んでしまうために生じるのです。
認知症の人というのは、私たちよりもより深く考え、より多くを覚えようとして、より人に迷惑をかけないように努力をしている。つい頑張っちゃう人たちなんです。
例えば、認知症の人は何でもかんでもメモをすることが多い。不要なことまで事細かに書きます。「それは私が覚えているから、書かなくていいよ」と言っても、「あなたが覚えておいてくれるのね、ありがとう」と口では言いつつ、やはりメモの手は止まらなかったりする。
──認知症ケアに携わっている看護職へメッセージをお願いします。
ケアの現場は多忙なので、どうしても時間に追われることが多いと思います。看護師さんは、本当は認知症の方が安心できるまでずっと寄り添いたいと思っていても、実際は限られた時間の中で、流れ作業的な対応になってしまうこともあるのではないでしょうか。
時間に追われることは仕方がないのですが、一つひとつのケア業務の中に個別性を見出す、つまり「この人にはこういうふうに対応すると、少しうまくいく」といったことを経験値として積み上げていってほしい、そしてそれをチームの中で共有してほしいと思います。
「(患者の)○○さんが△△の状態のときは、××をするといい」という、ちょっとしたヒケツのようなものは実はケアスタッフ一人ひとりが持っているはずなのですが、意外とチーム内で共有されていないようです。
昨今は「チームケア」を謳っている組織が多いですが、そのわりには「聞かれないから教えない」みたいなことが現場ではあるのかなと。患者さんの医学的な症状についてはみんなにきちんと共有できているのですが、「こんなときはどうする」といったことは共有できていないこともあるみたいです。
認知症の方への対応方法は引き出しが多いに越したことはありません。なので、スタッフ個々が持っている対応のヒケツみたいなものもカンファレンスでみんなに共有してほしいですね。
私は「認知症の対応に困っている」という人には、「答えは現場にしかない」「現場の人が答えを持っているよ」といつも伝えています。
2023年03月10日