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レポート「認知症マフを活用した看護実践—身体拘束の低減と地域における癒しのネットワークの展開」(日本老年看護学会第28回学術集会)
2023年6月17日(土)、18日(日)の2日間、パシフィコ横浜ノース・アネックス(神奈川県横浜市)にて日本老年看護学会第28回学術集会(学術集会長 酒井郁子)が開催されました。
ここでは交流集会「認知症マフを活用した看護実践——身体拘束の低減と地域における癒しのネットワークの展開」の様子をレポートします。
会場に入りきらないほど多くの聴衆が押し寄せ、立ち見もぎゅうぎゅうで、認知症ケアの新たなアプローチとしての認知症マフへの期待の高さがうかがえました。
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交流集会5
認知症マフを活用した看護実践——身体拘束の低減と地域における癒しのネットワークの展開
企画代表者:鈴木みずえ(浜松医科大学)
まず企画代表者の鈴木氏より、認知症マフの概要と看護実践の展開についての説明がありました。
● 認知症マフの認知症看護実践の活用と今後の展開
鈴木みずえ、金盛琢也(浜松医科大学)
認知症マフ(Twiddle Muff)は、イギリスなどで利用されている感覚療法のツールの1つで、認知症で不穏な状態にある人が手に着けることで落ち着きや穏やかさを得るように設計されている。
認知症の人は前頭葉機能の低下により、一般感覚を「快」(心地よい)または「不快」という反応で受け取っている。認知症マフは「快」の刺激を提供することで、認知症の人の感覚を通じたかかわりを促し、良好な状態を維持できる可能性がある。
マフの使用による効果としては、毛糸の刺激によって心が落ち着く、マフへの反応を通じて認知症の人とケア提供者のコミュニケーションが促進される、点滴チューブを触る頻度を減らすことで身体拘束が不要になる、ベッド柵やライン類を握りしめる行為のある患者さんに活用できる可能性がある、リハビリテーションとしての廃用症候群予防に活用できる可能性がある、などがある。
ただし、マフの使用によってすべての人の身体拘束をなくせるわけではない。マフによる快刺激によって認知症の人とケア提供者の間に心の交流が生まれた時にのみ、身体拘束具(ミトン)の使用をなくせる可能性があることに留意する必要がある。また、マフに興味を示さない人もいるため、強制的な活用は推奨しない。
マフをケアとして活用する際の導入プロセスは、以下の通り。
- マフの活用が可能な人を選定し、その人の興味や好みからマフの色やアクセサリーを選ぶ。
- ケア提供者はマフやアクセサリーに触れながら、笑顔で認知症の人のマフに対する反応を観察し、共感を示し、本人の過去の思い出を引き出しながらコミュニケーションを進める。
- マフがその人にとって大切な存在となるまで寄り添い、コミュニケーションを促進していく。
マフを作成する際は安全性を重視する必要がある。マフのサイズや飾りの種類などによっては、被ってしまったり、紐が巻きつく恐れや誤飲などに注意し、観察をしながら安全に活用する必要がある。また誤って飲み込まないように、アクセサリーはマフに固定して取れないようにする、糸がほどけないように注意する等、事故のリスクを最小限に抑える配慮が必要である。
認知症マフは認知症の人やケア提供者だけでなく、マフを編む側にもポジティブな効果が見込める。地域の編み物好きの一般住民がボランティアでマフを編む活動に参加する場合、その人は自分の趣味が誰かの役に立つことで生きがいや社会貢献できる喜びを感じ、また認知症の人に対する理解も深まる。さらに地域活動に参加することで、個人の孤独解消にも役立つ可能性がある。
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次に、実践報告として3施設から認知症マフの活用事例が紹介されました。
● 認知症マフの活用報告——磐田市立総合病院での取り組み
田森智美(磐田市立総合病院 認知症看護認定看護師)
認知症マフは、認知症ケアの一環として身体拘束の代替となる可能性があることを知り、当院での導入に向けて、マフの作成方法や使用するアクセサリーについて検討を行った。
2021年12月、認知症ケアサポートチームと認知症ケア委員会で情報共有を行い、チームと病棟リンクナースの意見を取り入れながらマフの作成を進めた。2022年5月にデモ病棟での使用を開始し、効果が確認されたことから、2023年6月、全病棟にマフを設置した。
アルツハイマー型認知症(FAST: 6)の80代の女性に使用した例を紹介する。
この患者はそわそわと落ち着かない様子で夜間の不眠に悩んでいたが、マフを使用することで表情が明るくなり、会話の量も増えていった。マフはお気に入りのアイテムとなり、リハビリや検査に行く際にも一緒に持っていくようになった。夜間もマフと一緒に眠ることができるようになり、Y字型ベルトの解除が可能になった。
スタッフ側にも変化が見られた。看護師だけでなく、他の職種もこの患者に対して「かわいいね」などと声をかけることが多くなり、患者とのコミュニケーションの機会が増えた。
認知症マフの効果として、次のことがあげられる。
- 認知症患者の心理的ニーズを満たし、パーソン・センタード・ケアを推進する一助となる。
- 認知症患者とスタッフのコミュニケーション促進のツールとして活用できる。
- 本人の好むマフを選択することで、長期記憶に働きかけることができ、その人の生活史を知ることができる。
- 身体拘束の低減につながる。
- 地域の人との交流や認知症への理解の普及に寄与する。
- 院内の他職種に認知症ケアへの関心を高める機会となる。
また今後の課題として、次のことがあげられる。
- マフを単に手渡すだけでは効果は得られない。マフの効果を根拠と共にスタッフに伝え、成功体験を積み重ねることが重要。
- 地域の人にも認知症マフに興味を持ってもらうための啓発活動や情報共有が重要。
今後のさらなる研究や取り組みにより、認知症マフは認知症ケアの新たなアプローチとして認知症の人の生活の質の向上に貢献することが期待される。
● 「地域と取り組む認知症マフ普及活動——認知症マフとの出会いから地域でのチーム作りまで
古屋曜子(順天堂⼤学医学部附属静岡病院 ⽼⼈看護専⾨看護師)
看護スタッフは身体拘束を避けたいという思いを抱えながらも、ルート類の自己抜去や転倒予防などの安全面確保のために身体拘束を実施せざるを得ない状況にある。このような事態は看護師にとって大きなストレスとなっている。
そこで、看護師に「やりがい」を見出してもらい、また認知症患者に尊厳を保ちながら穏やかに過ごしてもらいたいという思いから、認知症マフの導入を考えた。
まず、自ら認知症マフを作ってみようと思い、「認知症マフワークショップ」に参加した。自作のマフを所属部署の認知症患者に使用したところ、効果が見られ、身体拘束を解除することができた。看護スタッフからも好意的な反応があったが、必要な患者全員に継続的にマフを使用するためには数の問題を考えなければならないことがわかった。
マフづくりの仲間を得るための方法を悩んでいたところ、前述のワークショップで知り合った静岡県立田方農業高等学校の教員から連絡があり、高校生が主体となって運営している認知症カフェの存在を知った。
この認知症カフェで多くの団体や個人とつながることができ、認知症マフづくりのネットワークが地域に広がりつつある。
現在は伊豆の国市認知症マフ普及チーム「そわん」が立ち上がり、当院、県立高校、認知症カフェ、社会福祉協議会などが協力し、各自ができることでつながりを持ちながらマフ普及活動に取り組んでいる。
認知症マフづくりに興味を示す地域の人が増えることで、幅広い世代が認知症ケアに関心を向けるきっかけとなった。また、認知症マフを通じて医療機関と地域コミュニティの連携強化のきっかけづくりとするなど、ポジティブな変化が生まれつつある。
● 急性期病院から始まった認知症マフの活用・鶴岡市の取り組み——鶴岡地域の活動・運用
富樫千代美(聖隷浜松病院/元 鶴岡市立荘内病院 認知症看護認定看護師)
山形県鶴岡市は高齢化率が約36.5%と全国平均より高く、市立荘内病院の患者の大半は65歳以上である。認知症ケアチームが介入しているのは入院患者の約3割弱に上り、身体拘束を行っている患者はなかなかゼロにならなかった。
なんとか身体拘束を軽減できないかと思案していたとき、赤い毛糸の鎖編みの輪をずっと触っている患者を目にした。鈴木みずえ教授に相談したところ、認知症マフについて紹介された。カラフルで注意を引く柔らかい感触のマフ活用が有効ではないかと考えた。
2021年12月にまず1病棟でマフの使用を開始し、よい効果が見られたため、徐々に使用病棟を拡大していった。2023年5月31日現在、累計で192人が認知症マフを活用している。身体拘束率もマフを導入した時点の12.5%から8.9%まで減少している。
この成果が全国紙で取り上げられ、また認知症マフの活用と効果について、鶴岡市内で開催された認知症研修会や認知症カフェでも紹介したところ、地域の住民にもマフの存在が知られることになった。行政との認知症施策会議でも話題になり、認知症マフの活用について市との連携が強化された。
地域との連携の例をあげる。
鶴岡市消防局で認知症マフの研修会を実施したことがきっかけとなり、院内や地域のボランティアがマフを作成、市内のすべての救急車にマフが備え付けられるようになった。また、編み物好きな地域住民とのつながりが生まれ、新たなコミュニティが形成された。
現在、鶴岡市では「マフの運用システム会議」が開催され、地域全体を巻き込んだ活動へと拡大している。
2023年06月22日