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認知症の人の意思決定とコンピテンスを考える ~“看護倫理を考える言葉”より~

Column

認知症の人の意思決定とコンピテンスを考える ~“看護倫理を考える言葉”より~

意思決定(dicision making)とは、問題解決や、目標・目的の達成のために、とるべき方向や手段について、複数の選択肢のなかからどれか1つを決めること(出典:医学書院「看護大辞典」)とされています。

私たち人間は、日常的に意思決定をしながら生きています。
とはいっても、多くの行動は無意識下で行われています。
意識的に行う場合であっても、過去の経験などに基づいて自己で判断するケースがほとんどでしょう。

しかし、認知症の人の場合は意思表示が困難となったり、健康であったときと同じように判断をすることが難しくなります。

弊社書籍『看護倫理を考える言葉』(小西恵美子著)より、認知症の人への看護倫理について考えてみましょう。

以下に、日本における看護倫理の誕生と成長に大きく貢献したアンJ・デービス先生(以下、アン先生)の言葉を紹介します。

 

「社会の質は弱者の扱い方でわかる」と言った賢人がいます。

認知症をもつ人は身体的・心理的に、また倫理的にも弱者です。

                   アンJ・デービス                                                                             (AnneJ.Davis)

 

これは、アン先生が長野県看護大学創立20周年記念国際シンポジウムに伴う来日講演「認知症と倫理2,3)」での言葉です。

この講演では、大きなテーマが2つあり、そのうちの1つが「認知症者の意思決定とコンピテンス」でした。

アン先生は、「コンピテンス(判断/意思決定能力)とは、説明が解かり、決めたことで生じうる結果もわかる能力のことで、認知症の人を理解する上での鍵です」として、次の2つを強調されました。

  • 認知症の兆候に気づいた時から良質なアセスメントと支援が必要です。ある場面で判断能力を欠いても、生活面全体に判断能力を欠くことにはなりません
  • 患者は通常3つのステージを経験していきます。
    ステージ1は
    軽度で、家族や医療者は「人格・自律の尊重原則」に基づき本人と話しあって決めます。

    症状が進む(ステージ2)
    と、いくつものことを本人に代わって周囲が決める状況になります。
    ステージ3の重度になると、意思決定にはほとんど参加できなくなります。そのとき、倫理の重点は「自律尊重原則」から「患者の最善の利益/善行原則」に移行します。

次に「自律尊重原則」から「患者の最善の利益/善行原則」へ移行したある師長の事例3)を紹介します。

♠事例♠/

74歳のY氏は身寄りがなく、生活保護下でがん治療を受けていました。化学療法も効かなくなり、医師はがんの部分切除手術を提案。Y氏はそれを希望しました。

しかし、その頃から認知機能障害の兆候が現れ、自分の病室がどこかわからない状態となり、手術のインフォームドコンセント(IC)は手術予定日ぎりぎりまで待つことになりました。手術2日前、突然「準備のため帰宅したい」と彼は強く訴えました。

師長の私は彼ひとりの外出は難しいと考え、ケースワーカー等に相談しましたが帰宅に付き添う人の手配はできませんでした。

Y氏に事情を説明しましたが、自宅外出の希望は変わらず、希望が通らないことへの興奮が高まっている様子が見受けられました。

Y氏の人権を考え、主治医と協議した結果、主治医が外出に付き添うことになりました。無事に外出から戻り、穏やかな表情になり興奮状態はなくなりました。

翌日(手術前日)、Y氏に手術のICを行うことになりました。当日、Y氏は背広の上着に下はステテコという姿で面談室に来ました。

医師が病状と手術の説明をしている最中に、Y氏は眠ってしまいました。

手術に同意か否かわからず、身よりもない彼のために誰がどう決めるのか? 私はとても悩みました。

私は、主治医と看護師だけでは倫理的配慮が不十分であると考え、精神科医、ケースワーカー、生活保護担当者にも入ってもらうように調整しました。

全員で協議し、根治は難しく、術後はQOLが下がる可能性があり、また致命的な状況にもなりうる手術であるため、手術はせず、緩和医療に切り替えることになりました。
現状ではY氏単身での自宅療養は困難なため、転院を手配しました。

いかがでしょうか。Y氏の医療・福祉の方針が自律尊重原則から善行原則に切り替わる様子、およびその切り替えに寄与した師長の調整能力が読み取れることでしょう。

Y氏の表情、服装、行動から彼の判断能力をアセスメントし、それに基づき、Y氏の安全と福祉のために、他職種と話し合って調整した師長は、オーケストラの指揮者のような働きをしました。

<注釈>
アンJ・デービス(AnneJ. Davis):1977年初来日。1995-2001年、長野県看護大学教授。
日本における看護倫理の誕生と成長に大きく貢献し、2010年旭日中綬章受賞。「世界の看護倫理の母」と称されている。

<文献>
1)アンJ・デービス:認知症と倫理.長野県看護大学創立20周年記念国際シンポジウム.2014年6月21日.
2)AnneJ.Davis: Dementia and Ethics. 長野県看護大学紀要17.16-24.2015.
3)小西恵美子(研究代表者):看護師に対する倫理サポートのアクションリサーチ.平成24-27年度科学研究費助成事業基盤研究(B)研究成果報告書.2017.

2019年03月13日