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小澤勲先生が選ぶ“認知症を知るための本”─⑥わが母の記:その1「花の下」

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小澤勲先生が選ぶ“認知症を知るための本”─⑥わが母の記:その1「花の下」

痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』等の著書で有名な精神科医・小澤 勲 先生が選んだ“ぼけ”をテーマにした文学作品・詩歌・絵本を、毎月1冊ご紹介します。

 

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わが母の記

──花の下・月の光・雪の面

 

井上 靖

 

講談社文芸文庫 / 1997年 / 品切未定

 

これは、私小説作家ではない作者が書いた私小説です。随筆のように淡々と書かれていますが、作者の母に向ける優しいまなざし、哀切な気持ちは十分に伝わってきて、私の好きな小説の1つです。さらに、この小説は凡百の解説書より「ぼけ」の姿を見事に描き出しています。

 

本書は三部作になっています。今月から3回に分けてご紹介しましょう。

 

花の下

80歳になった母を描いた「花の下」です。夫(作者の父)は軍医で清潔な人でしたが、「厭人癖」があり、48歳で退官後、郷里伊豆で隠棲生活を送り、小さな畑を耕し、妻と2人で食べる野菜だけを作って、5年前に80歳で亡くなっています。

 

その数年前から、母はもの忘れがひどくなり、父は母を残して逝くことが心配だったらしく、顔を合わす人という人に母のことを頼んでいました。しかし、「母の頭脳の蝕みは、一緒に住んでみると、予想以上にひどいものであることが分かった。ひとつの話は少しもおかしいところはないのだが、同じ話を繰り返す。内容も、父と違って社交的だった母のいかにも口にしそうな話題だった。だから、1回耳にする限りにおいては、誰も母に老化で錆びついた部分があるとは思わなかった。しかし、一言一句変わらない言葉を、同じ表情で話し出されると、そこに異常なものを認めないわけにはいかなかった」のです。

 

そうですね。初期には「ぼけ」は短時間一緒にいたくらいではわからないので、たまに来た親戚などが「たいしたことないじゃない。あまり大げさに言って『ぼけ』扱いしないでよ」と言い、直接介護にあたっている人を傷つけることはよくありますね。

 

「母が同じ話を何回もするということは、母がそのことに異常な程強い関心を持っていることに他ならず、その原因になっているものを除去すれば、その関心を逸らすことができるに違いない。……そのように考えて、そう努めた一時期があった。どこそこへ物を贈るということが母の関心事である場合、妻の美津は母に品物を見せ、それを母の目の前で荷造りし、それを郵便局へ持って行くように手伝いのおばさんに託した。しかし、そんなことでは母はその関心事から解放されなかった。そんなことをして、本当に送るかどうか判ったものじゃない、母は荷造りする妻の手許をうさん臭そうに見守りながらそんな憎まれ口を叩いた。そうした母は可愛いげがなかったが、しかし、どこかに行為の中を流れている自然なものと、底に秘められた策謀的なものとを鋭く見分けているところがあった」。

 

確かに「ぼけ」の人には、びっくりする程鋭い感覚がある、と感じることがよくありますね。

母は、17歳で亡くなった親戚の俊馬なる人物の名をしきりに口に出すようになります。その内容は「17歳で一高にはいった秀才だった。生きていたら大変な学者になっただろう」「ある日、庭で遊んでいると、書斎で勉強していた俊馬さんが『縁側から上がってきてもいいよ』と言ってくれた。とても優しい人だった」というようなたわいもないものだったのですが、「その頃、母は7、8歳、俊馬は7、8歳年上で、少女だった母には一生忘れることができぬ事件だったのかもしれない。……その話をする母は、一種独特の羞かみを含んだ表情をし、老いに蝕まれた母の言葉にも表情にも老いとは別種のある哀れさがあった」と書いています。作者の母に対する思いがじゅうぶん伝わってきますね。

「母が消しゴムで己が歩んできた人生の長い線をその一端から消して行くように消して行ったのかもしれない」と感じ、今、母は7、8歳なのかもしれない、と言うのですが、作者の長男は「過去が完全に消えて行くなら面白いが、消えない部分があるんで困る。都合の悪い部分だけ消えて都合のいいところは残るんだ」と言います。

 

そうですね。「ぼけ」を単純に子どもがえりすると考えるわけにはいきませんよね。

夫の墓参りに連れて行くのですが、母は「お墓参りは堪忍して貰いましょう。あの坂は滑るしね。それにもう、この辺でおじいちゃんへのお勤めから放免して貰いましょう。随分いろいろなことしてあげたものね。もういいでしょう」と言うのです。

 

「ぼけ」ると、女性は亡くなった夫のことはあまりおっしゃいません。男性は亡妻のことを生きているようによく話されます。「ぼけ」が深まると「オカアチャン」と言う人は多いのですが、まず「オトウチャン」とは言われません。

男は切ないなあ。

 
 

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はじめに

①明日の記憶荻原 浩  著

②われもこう瀬戸内寂聴 著

寂蓼郊野吉目木晴彦 著

④ただ一撃藤沢周平 著

⑤都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト◎澁澤龍彦 著

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2020年02月25日