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『痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』等の著書で有名な精神科医・小澤 勲 先生が選んだ“ぼけ”をテーマにした文学作品・詩歌・絵本を、毎月1冊ご紹介します。
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わが母の記
井上 靖 著
講談社文芸文庫 / 1997年 / 品切未定
これは、私小説作家ではない作者が書いた私小説です。随筆のように淡々と書かれていますが、作者の母に向ける優しいまなざし、哀切な気持ちは十分に伝わってきて、私の好きな小説の1つです。さらに、この小説は凡百の解説書より「ぼけ」の姿を見事に描き出しています。
本書は三部作になっています。
前々回の「花の下」、前回の「月の光」につづく、ラストを飾る三作目をご紹介します。
◆ 雪の面
「雪の面」は89歳で亡くなった母の葬儀に集まった子ども、孫たちの回想です。
作者はこんなことを思い出します。ある日、母が作者の部屋に来て、「この間までそこで毎日書きものをしていた人は亡くなりましたね」と言います。3日前のことだと言うので、どうしてそう思うのかと訊ねると、「大勢の人が来ているでしょう」と答えます。作者は「母はいま、状況感覚の中に生きているのではないか」と感じます。
そう考えると、そういう「感覚データ」は確かにあります。
「私の仕事机は、そこに坐る人が坐らなくなって3日経ったくらいの整頓を見せていたし、主人が亡くなって丁度3日目ぐらいはかくあろうかと思われるくらいの人の出入りがあった。まだその他に、私には気付かれないが、母は同じようなデータをいくつか拾っているかもしれなかった。そして、そうしたデータによって、母は自分だけの世界を造り上げ、そのドラマを生き始めているのではないか。このように考えると母の老耄の世界は、急に私にはこれまでとは少し異なったものに見えてきた」と書いています。
そうですね。「ぼけ」の人は、1つひとつの言葉や刺激というより、自分が置かれた状況に反応されるのではないでしょうか。言葉というより、言葉の背景にある「何か」が伝わるとも言えます。
母の骨壺を持って車に乗り、「母は長く烈しい闘いをひとりで闘い、闘い終って、いま何個かの骨片になってしまったと、その時私は思った」という文章で、この小説は終わっています。
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はじめに
①明日の記憶◎荻原 浩 著
②われもこう◎瀬戸内寂聴 著
③寂蓼郊野◎吉目木晴彦 著
④ただ一撃◎藤沢周平 著
⑤都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト◎澁澤龍彦 著
⑥わが母の記―その1「花の下」◎井上 靖 著
⑦わが母の記―その2「月の光」◎井上 靖 著
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2020年04月24日