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認知症高齢者の本能に基づくセクシャリティに関する倫理的配慮をどうするか

Column

認知症高齢者の本能に基づくセクシャリティに関する倫理的配慮をどうするか

これまで3回にわたり「認知症の人と性」をテーマに記事を公開してきました。

今回は、弊社書籍『倫理的に考える 医療の論点』(編集:浅井篤・小西恵美子・大北全俊)より、「認知症高齢者の本能に基づくセクシャリティに関する倫理的配慮をどうするか」について、老人看護専門看護師の戸谷由佳さんに論じていただきます。

 

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日本人にとっての性は期間限定?

認知症高齢者のみならず、高齢者の性について日本人はどのようなイメージや価値観を持っているのだろうか。日本には、高齢者に対して「ご隠居様」や「老翁」などの呼び名があるように、そのイメージとしては穏やかで現世の欲とは決別している、達観している姿を抱き、またそれを高齢者に望んでいるように思われる。

 

そもそも日本人は高齢者の性に不寛容であると考える。「老いらくの恋」と揶揄されることもあり、恋愛や性について憧れがあったとしても、そんなそぶりも見せず、よき「おじいちゃん、おばあちゃん」として過ごす高齢者の振る舞いも不思議ではない。平均寿命が80歳を超え、熟年離婚や女性の自立が進みこれまでのように一組の男女が添い遂げることをよしとする価値観も崩れ始めるなか、日本人の価値観も変化していくことが予測されるが、高齢者の性がタブー視される現状はあると考える。

 

秘することが美徳とされる国民性から顕在化しにくいものの、個人差は大きいが高齢者になっても異性への興味がなくなるわけではないという前提で考えていきたい。

なぜ認知症高齢者に性に関する問題が浮上するのか

少し認知症についての理解を深めたいと思う。認知症の人を介護する上で困った行動といわれている症状を総称して「行動・心理症状」(以下、BPSD:behavioral and psychological symptoms of dementia)といい、①易刺激性、焦燥・興奮、脱抑制など活動性亢進の要素が強くかかわる症状、②妄想、幻覚など精神病症状が強くかかわる症状、③うつおよび不安、多幸感など感情障害が強くかかわる症状、④アパシー(自発性や意欲の低下)が強くかかわる症状がある。性的逸脱行為は①の活動性亢進のなかの脱抑制の症状の1つといえる1)

周囲が困っている以上に認知症の人自身が認知機能の低下によって起こる記憶障害や見当識障害によって生活しにくくなり、困り果て、自分で何とか対処しようとした結果、起こる症状ともいわれる。

 

BPSDの程度には、①脳の病変、②身体的健康状態、③これまでの生活歴、④生来の性格、⑤ケアを提供する家族やスタッフのような社会とのかかわりが大きく影響するとされ2)、認知そのものを治癒することはできないが、適切に薬物療法やケアを提供することでBPSDは軽減することができるとされている。

 

①脳の病変という見方で考えると、社会性を保ち生活する機能を司る脳の部位に器質的な変化が起こると、いままでまじめだった人が万引きをしたり、反社会的な行動をするようになり、周囲を困惑させることが知られている。

認知症のなかでも前頭側頭型認知症に多く見られる症状であるが、施設入所中の男性の認知症高齢者が女性職員に向かって「おっぱいおっきいな」といったり、女性でも男性職員にボディタッチするといった行動として見られる。今までそんなことをしなかった人が認知症になって急に性的言動が見られるようになったとしたら、脳の病変の影響が考えられる。

 

一方、③これまでの生活歴や④生来の性格の影響から考えると、若くて元気な頃から異性をからかったり、性に興味を強く持つ人であった可能性がある。ただ、認知症になったことで、言っていい相手かどうか、その場にふさわしい言動かどうかといった、いわゆる「空気を読む」ことが認知症になることによってできなくなるともいわれ、より顕在化して問題となっている可能性も考えられる。

認知症高齢者も介護をする人もケアが必要

認知症高齢者の性に関する問題についての研究は少ないが、性的行為にいたるまでの問題となることは少なく、多くは不適切な言動としての問題のようだ3)。筆者も、臨床で先ほど述べたような言動を目にすることがあり、職員やほかの入所者から不快に感じるといった声が聞かれることもある。いわゆる「セクハラ」に近い問題を含んでいるようにも感じる。

 

男女雇用機会均等法では、職場におけるセクシャルハラスメントとして、

●「労働者の意に反する性的な言動が行われ、それに対して拒否・抵抗などをしたことで、労働者が解雇、降格、減給など不利益を受けること」

●「労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど労働者が就業する上で見過ごすことができない程度の支障が生じること」

と定義されており、そのような行動が見られた場合は不法行為責任を問われる。

 

受け手側が不快と感じ、職務に影響をおよぼしたり、その施設で安心して生活ができなくなった場合、責任は認知症高齢者本人が問われるのだろうか。認知機能の低下が客観的に認められ、認知症の影響が強いと判断される場合は施設管理者、監督者の責任となるのだろうか。また、家庭内での配偶者や家族に対しての行動はさらに複雑である。

 

法的な対応については専門外であるが、認知症高齢者にとっては疾患による影響であることの理解を周囲が持つと同時に、介護を提供する職員や家族が不快に感じていたりすることを「しょうがないこと」として置き去りにせず対応していくことが求められる。

職業人として認知症高齢者の性とどう向き合うのか​

⇒ 専門家として認知症に関する学習をする

前述のとおり、一口に性的逸脱行為といっても、さまざまな原因・要因によって引き起こされている。

千差万別な認知症高齢者のこれまでの人生のあゆみや脳の障害の程度、周囲の環境も踏まえてアセスメントし、原因・要因についての仮説をたて、ケアプランを立案していく。

 

⇒ 専門機関にコンサルテーションする

認知症は、現在は治癒することのない疾患ではあるが、進行を緩やかにしたり、穏やかに生活するための手段は検討されている。認知症疾患医療センターや物忘れ外来など認知症に関する専門外来も各地域にあるため、相談先として活用していく。

その際には、詳細なアセスメントを認知症専門医に伝えることでより効果的な診療につながる。

 

一人で背負わない、背負わせない

認知症の人はいわれたことを記憶に留めておくことは難しいが、相手に抱いた感情は残るとされている。うれしいことがあれば出来事自体を忘れてしまっても、うれしい気持ちは続くし、嫌なことをされると不快な感情が続いてしまう。

認知症の人に性的逸脱行為が見られたとしても、その行動を咎めたり、叱責しても「怒られた」というネガティブな感情だけが残り、いわれた内容は忘れてしまうため意味がない。また、介護をする人の気持ちにもとても敏感であり、介護する側の気持ちに余裕がないと、普段と同じことをしても認知症の人を怒らせてしまうこともある。

 

性的逸脱行為の対象が限定されている場合や異性に向かう時は介護する人を変えたり、できるだけ同性が介助するようにすると、負担感が減少し、認知症の人も気分が変わって落ち着くことがある。家族介護者の場合は、介護サービスの利用等により第3者の介入や外出機会によって離れる時間を持つことも1つの方法である。もちろん、程度によっては施設の入所などの措置も検討が必要である。

 

隠れたニーズを探る

水戸らは、高齢者にとっての性は必ずしも性行為そのものではなく、コミュニケーションやスキンシップなど広範囲な身体的・心理的活動であると述べており4)、性言動が性的欲求そのものを表しているとは限らない。子育ての終了や配偶者・知人との死別、退職、心身機能の衰えによる他者との交流の減少など、高齢者は心身ともに愛する人や親しい人とふれあう機会が減少しやすい。誰もそばにいない寂しさや人恋しさ、他者から必要とされたいという感情が性言動として表出されている可能性もある。

 

筆者が勤める法人では、動物や小さい子どもたちと認知症高齢者のふれあいの機会を設け、たくさんの笑顔が見られている。また身体機能が自立している認知症高齢者はまだまだできることがたくさんあるので、何か役割を持ってもらったり、興味が持てる趣味活動を探索してもらったりと、エネルギーを性言動とは違う方向に発揮してもらうようかかわっている。

 

⇒ うまく付き合う

年齢を重ねても、認知症になっても、人とのつながりやふれあい、また異性への関心は、個人差はあるがなくなるものではない。

認知症ケアの原則として、BPSDや相手の言動を責めることは効果がないというのが一般的であるが、性的逸脱行為に関しても同様である。

現在、多くの高齢者向け施設でさまざまな取り組みがされているが、施設内で「紳士の夕べ」などの名称で往年のロマンポルノなどを上映する施設もみられる。隠す、ないものにするというのではなく、あるものとしてどう付き合うかは、専門職ではなく市民レベルでも考えていくべき課題といえる。

<おわり>

<引用・参考文献> 

1)高橋智:認知症のBPSD,日本老年医学会雑誌,48(8),p.195-204,2011.

2)ドーン・ブルッカー:VIPSですすめるパーソン・センタード・ケア,水野裕監修,村田康子・鈴木みずえ・中村裕子・内田達二訳,クリエイツかもがわ,p.67-72,2010.

3)天野直ニ:BPSDの病態と治療,医学のあゆみ,235(6),p.668-672,2010.

4)水戸美津子:「高齢者の性」に関する看護・介護職者の意識調査研究,新潟県立看護短期大学紀要,2,p.44-59,1997.

 

倫理的に考える 医療の論点

編集:浅井篤・小西恵美子・大北全

A5判 216ページ 定価(本体価格2300円+税)

 

「病院の方針として、呼吸器は外しません、と定めるのは倫理的に許されるのか」など、日本の医療の諸問題について、それぞれのエキスパートが自身の体験にも言及しつつ、有益な見解を述べます。

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2020年04月17日