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小澤勲先生が選ぶ“認知症を知るための本”—⑬マザー

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小澤勲先生が選ぶ“認知症を知るための本”—⑬マザー

痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』等の著書で有名な精神科医・小澤 勲 先生が選んだ“ぼけ”をテーマにした文学作品・詩歌・絵本を、毎月1冊ご紹介します。

 

~ ・ ~ ・ ~ ・ ~

マザー

 

藤川幸之助
ポプラ社 
/ 2000年 / 品切れ

(2008年『手をつないで見上げた空は』と改題、2012年新装版刊行。1,320円)

 

 

『マザー』は藤川さんの第一詩集です。この中から彼の詩を紹介しましょう。

 

当時は、「母もすでに72歳。アルツハイマー病と診断されたのは60歳の頃。もう10年以上たちます。言葉もなくなり、歩くこともままならなく、車椅子の生活が始まりました。……先日、撮ったレントゲン写真で、縮んだ小さな脳とその縮んだ分を埋める沢山の水、こんな状態で母はよく頑張っているなあと感心しました。そんなに病気が進んでも、そんな事実を突きつけられても、まだこの事実が嘘っぱちのような気がするのです。母と二人っきりになった時、フッと『幸ちゃん誰にも言うなよ、ホントはお母さんは呆けたふりしとるとよ…』と私に話しかける気がするのです」と書かれています。

 

今では、発病後17年経ち、飲み込むことも難しくなり、胃ろうから栄養をとっておられるようです。60歳という若年発症だと、「ぼけ」の進行はどうしても早くなりがちで、身体を巻き込むことも多く、けいれん発作がみられる方も少なからず、あります。

 

いけない、いけない。あとがきの文章を引用してしまいました。

今度こそ、彼の詩を紹介しましょう。

 

 母は人の話を聞かなくなった

 母は言葉の入ってくる場所を

 念入りにふさいで

 まず言葉を捨てた

 

 そして

 母は女を捨てた

 母は母であることを捨てた

 母は妻であることを捨てた

 母はみえを捨てた

 母は父を捨てた

 母は過去を捨てた

 母は私を捨てた

 

 母はすべてを捨て去った

 そして一つの命になった

 でも私には

 母は母のままであった

 

   ―—『捨てる』より

 

 母は可愛そうだという

 子どもも育て上げ

 今からゆっくりしようというときに

 可愛そうだとみんながいう

 

 いや母は今が一番幸せな気もする

 本当の母がここにはいる

 いつも周りを気に掛けていた母

 自分自身をすり減らして

 本当の自分を押し殺して

 母の体の中で

 本当の母はいつも

 小さく小さくなって

 息を潜めていた

 心の襞の陰に隠れていた

 

 本当の母の姿がここにはある

 自分の思うままに生きる

 天衣無縫の母がいる

 

 父が用意した

 病気が進まなくするだろう薬がある

 病気がよくなるかもしれないという薬がある

 その薬を飲むとき

 決まって母は

 一瞬

 いやな顔を見せる

 

 誰のために生きているのか

 母さん

 おれのためだけに生きているなら

 もう大丈夫だ

 

   ―—『薬』

 

差し挟むべき言葉は何もありません。

 

私は、この詩集を何度読み返したでしょう。そのたびに言葉を失い、涙があふれてきます。詩心からはほど遠い私ですが、詩は言葉を失くした地点から湧き出すのではないか、と感じます。

 

それに、藤川さんの詩を読んでいると、どこか時間がゆっくり、ゆったり流れているような気がします。まさに「ぽ~れ、ぽ~れ(スワヒリ語でのんびり・ゆっくりの意味)」ですね。

2020年09月21日