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『痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』等の著書で有名な精神科医・小澤 勲 先生が選んだ“ぼけ”をテーマにした文学作品・詩歌・絵本を、毎月1冊ご紹介します。
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拙著『認知症とは何か』で、かなりていねいに紹介した2作品をご紹介します。未読の方はお読みになることをお勧めします。
青山光二 著新潮社 / 2003年
青山光二さんは90歳を超える現役作家ですが(注:2008年没)、この小説で2003年度の川端康成賞を受けておられます。青山さんの実体験がもとになって書かれたもののようです。
小説では「杉」という名前になっているのですが、若い頃、杏子という女性を深く愛して結婚します。杉は、人生の節目節目で(例えば戦争に駆り出されたときなど)「杏子に銃口を向ける者があれば躊躇なく遮って立てるか」と自らに問い、その都度「立てるとも」と答えてきたのです。「今また、杏子に銃口が向けられた。銃にこめられた弾丸はアルツハイマー型痴呆だ」というわけで、認知症を病むおつれ合いを描いた作品です。
いくつもの印象深いエピソードがあるのですが、「寂しい。一人では寝てられない」という杏子さんのベッドに杉が潜り込み、いつの間にか「お医者さんごっこ」を始めたのですが「彼女のかんじんの部分はちゃんと濡れていた」というエピソード。
2人暮らしの自宅に娘が帰ってきて、入浴を嫌がる杏子さんを娘が強い口調で入浴させた後で、それまではわかっていたはずの娘を「あの変な女、誰?」と言う杏子さん。
徘徊もあり、自宅から出ていって、近くの果物屋で警察に保護されたとき、「どうしておまわりさんが果物屋さんにいたんですか」と不思議がります。
しかし、わかっていることも多く、2人が出会ったときにかかっていた曲を聴くとまったく普段と違う表情になります。
博士の愛した数式
小川洋子 著新潮文庫 / 2005年
第1回本屋大賞(全国の本屋さんが読んでほしい本を1年1冊選ぶ賞)を受けた本です。
記憶が80分しか保持できない天才数学者と彼の家に派遣された家政婦、そしてその息子との間で繰り広げられる心温まる話ですが、記憶障害だけでは認知症ではないという例として紹介しました。
これは映画化されました(監督は『阿弥陀堂だより』などの小泉堯)。家政婦役の深津絵里は私の好きな女優の一人で、義姉を演じた浅丘ルリ子の哀しみを内に秘めた妖艶な姿もよかったのですが、何といっても博士を演じた寺尾聰が渋く、見事な演技でした。
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はじめに
1 明日の記憶●荻原 浩 著
2 われもこう●瀬戸内寂聴 著
3 寂蓼郊野●吉目木晴彦 著
4 ただ一撃●藤沢周平 著
5 都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト●澁澤龍彦 著
6 わが母の記―その1「花の下」●井上 靖 著
7 わが母の記―その2「月の光」●井上 靖 著
8 わが母の記―その3「雪の面」●井上 靖 著
9 おばあちゃん ひとり せんそうごっこ●谷川俊太郎 文、三輪滋 絵
10 わたし 大好き●リディア・バーディック 作、みらいなな 訳
11 介護をこえて―高齢者の暮らしを支えるために●浜田きよ子 著
12 黄昏記●真野さよ 著
13 マザー●藤川幸之助 著
14 ライスカレーと母と海●藤川幸之助 著、永田理恵 写真
15 恍惚の人●有吉佐和子 著
16 良寛●吉野秀雄 著 / 手毬●瀬戸内寂聴 著
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2021年04月22日